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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)5772号 判決

原告 千代田冷機工業株式会社

被告 東京海上火災保險株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二百五十五万八千九百二十一円並右に対する昭和二十五年十月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支拂へ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並仮執行の宣言を求め、其請求の原因として陳述した事実の要旨は、原告は冷藏庫の修理を業とする会社であるが、昭和二十三年十月十八日被告と次の火災保險契約を締結した。(イ)保險の目的物東京都大田区大森九丁目四千九百十三番地所在の原告の工場である木造亞鉛葺平家建一棟建坪二十坪内に存する電気冷藏機(他人から修理を委託されたもの)及び工具一式(ロ)保險金額三百万円(ハ)保險期間昭和二十三年十月十八日から昭和二十四年十月十八日午後四時迄(ニ)保險料金八万九千百円ところが昭和二十四年三月二十九日朝右工場から火を発し建物をはじめ保險の目的物であつた修理委託品の電気冷藏機並に工具一式が全部燒失するに至つた爲被告は同年八月八日これが損害額を金二百七十万二千九百二十一円と査定し、これと同額の火災保險金を支拂う旨申出でたので、原告は之を承認したが、被告は同日右の内金十四万四千円を支拂つたのみで残額金二百五十五万八千九百二十一円を支拂はないから右金額並右に対する本件訴状が被告に送達された昭和二十五年十月五日から完済に至る迄年六分の商事法定利率による損害金の支拂を求める爲本訴に及んだと謂うのであつて、被告の主張に対し、原告が昭和二十四年八月八日(一)額面金二百三十三万八千九百一円(二)額面金十四万四千円(三)額面金二十二万二十円右(一)(二)(三)いずれも支拂人千代田銀行丸の内支店受取人原告と指名した記名式一般線引小切手三通を被告から交付を受けたこと、小切手を右のように三通に分割したのは原告の希望に依るものであること、原告が小切手の受領と引換に保險金領收証を被告に交付したこと、訴外鬼頭佐登志外八名は原告に対し損害賠償債権を有すると主張し、原告に代位し被告に対し、右小切手の内(一)(三)に付小切手金支拂請求訴訟を東京地方裁判所に提起し、同廳昭和二十五年(ワ)第七〇二号小切手金請求事件として係爭中で原告が昭和二十五年三月十八日右訴訟の告知を受けたことは之を認めるが、其余の事実は否認する。被告は本件火災保險金支拂債務は前記三通の小切手の交付により代物弁済により消滅したと主張するが、金銭債務を負担する者が、これを履行する場合現金によらず、小切手又は手形を交付する方法によるときは当事者間に特別の合意がない限り、通常は支拂の手段として交付するものであつてこれが爲基本債権が消滅しないことは取引の通念上明白である。從てこの場合基本債権は該小切手金又は手形金の支拂を條件として消滅するものであり、債権者としては小切手金又は手形金が不拂の場合債務者に対し基本の金銭債権の履行を求め得るは勿論これと同時に該小切手又は手形上の債務者に対し其権利を行使し得ること言を俟たない。本件に於て代物弁済の合意は全く存しないのみならず、被告は原告が前記小切手受領の際保險金領收証を交付したのを代物弁済の理由の一として挙げているが、かかる場合債権者はすべて代物弁済として受取つたものと推定することは当事者の意思を不当に歪曲するものであり又債権者の保護に甚だしく欠けるものと云わなければならぬと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張事実中原被告間に原告主張の如き火災保險契約が締結されたこと。其保險の目的物件が昭和二十四年三月二十九日朝原告主張の工場から発火し燒失したこと、被告が右火災に因る損害額を金二百七十万二千九百二十一円と査定し、原告が之を承認したことは之を認めるが原告の本訴請求は次の理由により失当である。(一)訴外鬼頭佐登志外八名は原告に代位して昭和二十五年二月十五日「被告(東京海上火災保險株式会社)は原告(千代田冷機工業株式会社)に対し金二百五十万八千九百二十一円(本訴に於ける原告の請求金額と同一金額)並右に対する昭和二十四年八月十六日から完済に至る迄年六分の割合による金額を支拂へ」との請求趣旨の小切手金請求訴訟を東京地方裁判所(同廳昭和二十五年(ワ)第七〇二号小切手金請求事件)に提起し係爭中であるところ、右訴訟と本訴とは共に同一債権に基く給付の訴であるから、民事訴訟法第二百三十一條により本訴は不適法である。尚被告は原告に対し昭和二十五年三月十八日右訴訟に付告知を爲したから、原告は其事実を了知しているものである。(二)債権者から適法に代位権の行使のたつた後は債務者は其代位せられた権利を処分する権利を失うから、其権利を消滅させる行爲は爲し得ないし、又自ら其権利を行使することは許されない。(三)被告は前記の如く原告の承認を得た損害額の査定をした爲、昭和二十四年八月八日(1) 額面金二百三十三万八千九百一円(2) 額面金十四万四千円(3) 額面金二十二万二十円(1) (2) (3) いずれも支拂人千代田銀行丸の内支店受取人を原告と指定した記名式一般線引小切手三通(合計金額二百七十万二千九百二十一円)を振出し右保險金の支拂に代へ原告に交付した(三通の小切手に分割したのは原告の希望による)仍て原告は右小切手の受領と引換に保險金額領收書を被告に交付して保險金受領の事実を認証すると同時に被告に対し、今後何等の名義を以てするも本件に付て一切の請求をしないこと、又本件に関し他から苦情が出たときは原告が責を負い被告に迷惑を掛けないことを確約した。被告が交付した小切手はいずれも小切手としての方式に何等欠くるところなく且支拂銀行には振出当時に於ても又現在に於ても小切手金額以上の額の被告の処分し得る資金が存し正当の小切手呈示ある時は何時でも支拂を受けることができるから、右小切手金の支拂を求めるは格別既に消滅した保險金の支拂を求める本訴は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告被告間に原告主張の如き火災保險契約が締結されたこと右保險の目的物件が原告主張の日時其工場から発火し燒失したこと、被告が右火災による金額を原告主張の額に査定し原告の承諾を得たこと、被告が右債務の支拂として被告主張の如き、小切手を其主張の日時原告に交付したこと、訴外鬼頭佐登志外八名が原告に代位して被告主張の日時被告に対し被告主張の小切手金の訴訟を東京地方裁判所に提起し、現に係爭中であることは当事者間に爭のないところであり、右当事者間に爭のない事実に証人平沼覚次郎の証言、弁論の全趣旨を綜合すると、右二通の小切手は其後前記債権者等に一旦交付されたが((2) の小切手は支拂済である)右小切手所有権の帰属に付原告と右債権者等との間に爭が生じ、原告は右小切手を所持していない爲之が支拂を求めることができないので本訴を提起したものであることを窺うことができる。仍て被告の主張に付順次に考察してみると(一)被告は本訴は其提起前前記の如く鬼頭佐登志外八名が原告に代位して小切手金の支拂訴訟を提起し、現在係爭中であるから、民事訴訟法第二百二十一條に該当し、不適法であると主張するけれども右両訴訟は其当事者を異にし請求原因も異なること前記認定の如く、明であるから、此点に関する被告の主張は採用できない。次に(二)の点であるが、債権者が期限到來した自己の債権を保全する爲其の債務者に属する権利に付適法に代位権の行使に着手し債務者に於て其の事実を知つた後に於ては債務者は最早其の代位された権利を処分することができないのであつて、從つて債権者の代位後は債務者に於て其の代位された権利を消滅せしむべき一切の行爲を爲すことができないのは勿論自らその権利を行使することができないものと解するのを相当とする。若し然らずとすると債権者は到底法律の許容した代位の目的を達することができないのみならず、一旦代位権を行使した債権者の行爲を徒労に帰せしめる恐れがあるからである。本件に於て原告は前記小切手は被告が保險金支拂債務の爲に振出したものであるから、其基本債権の保險金支拂債権は消滅しないとの理由により之が支拂を求めるものであるが、若し之により原告が支拂を受けることになれば、前記小切手金支拂債務は目的達成により消滅し、右事実は被告に於て代位訴訟の原告等に対抗し得ること明らかで、しかも原告が右代位訴訟の告知を被告から本訴提起前である昭和二十五年三月十八日受けたことはその認めるところであるから、本訴請求は前記代位せられた権利の消滅を目的とするもので前述したところにより失当であるから、他の判断を省略して之を棄却すべきものと認め民事訴訟法第八十九條を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 池野仁二)

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